自分の知識の薄っぺらさを思い知る(村尾健一さん)

平成30年9月3日(月)16時過ぎ、勤務して半年経過した司法書士法人のPCで第17回認定考査の合否を確認する。あれ?ない?いやそんなはずは。もう一度受験票の受験番号と法務省ホームページの合格者番号を照合する。やはりない。狼狽する中、前後の番号を見てみる。半数ほどが欠けているように思えた。

 ジョークで最年少合格者ですと吹聴しながら、ほぼ自分よりお若い方々との特別研修をすったもんだあったものの終了し、長年のサラリーマン人生から司法書士に転じていた私は、一応特別研修の予復習はやったし、週末は必読と言われるカトシン本(加藤先生すみません)を図書館で読み、同期からもらった何年分かの過去問を一度は解いてみて、考査当日も頭の中に構築された知識を信じて解答欄に書きまくったもので、自分が落ちるとはこれっぽっちも思っていなかった。

 合格したらいずれ何らかの形で訴訟業務に携わってみたいと、漠然と行く末を描いていた私は、なぜ落ちたのかそれが知りたくて、ショックから立ち直るとネットで考査の模範解答を探した。すると、見知った顔の先生が認定考査講座を開講していることを知った。

小山先生は、集合研修のeラーニングで簡裁裁判官役をなさっており、それが妙にはまっていたので記憶に残っていたのと、特別研修会場の渋谷フォーラム8のトイレでふと顔を横に向けると、小山先生が小用されており、あ、どうも、先生の講義聞いたことがありますと声をかけたのが最初の出会いであった。

 小山先生はその時、ほう、それはどんな講義ですか、と返してきて、いやeラーニングで裁判官役なさってましたよね、と応じると、あ、それも確かに私です、と答えてくださった。その時は、それもって、他にも出てたのね、くらいにしか思っていなかった。

 さて、先生の模範解答を出力し、解説講義を聞いてみた私は、自分の頭の中に構築された知識がいかに薄っぺらく、誤っていたかを思い知ることになる。これは裁判実務を基本から、裁判とは何ぞやから、きちんと学び直さないと次の年も同じ結果になると悟り、先生の解答講義を何度も聞いた。それは、傍にいた奥方がお父さんまた聞くの、と呆れるほどだった。

 小山先生のもとで、裁判を学び直そうと決意し、門戸を叩き、本試験ほどではないにしろ、相当の集中力で学習し、基礎から知識を築き直していった。おまえは凡夫だ、凡夫なんだから、何度も繰り返し、できるまでやってみろ。根底に流れるのは、この基本精神であり、小山先生の叱咤激励の言葉である。受講される方は、否が応でもこの基本精神を叩き込まれることになるでしょう。しまいには門前の小僧習わぬ経を読む、ではないが、傍で聞くともなしに聞かされていた奥方が、ミニマムの原則でしょ、とか、抗弁、再抗弁のキャッチボールでしょ、とか、波乗りでしょ、とか言い出す始末である。

 令和1年9月2日(月)16時過ぎ、満を持して事務所のPCで法務省ホームページで認定考査合格者を閲覧する。あった。安堵するとともに、前後の番号も見てみる。何だ、これは。果てしなく連続しており、欠けているのを発見するのが難しい。認定率は8割に届こうとしていた。

 こう認定率が高いと、実際に裁判実務に携わった時に、ああ、あの認定率8割の時の人ね、と言われかねない。そう言われないためには、できるようにするしかないのである。

 根底に流れるのは、おまえは凡夫だ、凡夫なんだから、何度も繰り返し、できるまでやってみろ、の精神である。